
私ども徳島文理大学では徳島キャンパスにおいて、2007年4月から7月にかけて、「各界トップと考える世界─日本─徳島」というテーマのもと、「徳島文理大学連続特別講義 公開講座2007」を開催しました。
この連続講義は、大学教師の視点からの問題意識に加えて、今後の日本、地域を担っていく学生たちに、私たち人類が直面する課題を再認識し、その解決に貢献する人間になってもらいたいという強い思いから実現したものです。本書は、その講演録に一部加筆・修正をし、まとめたものです。
今、私たちは、人類の存続、ひいては地球の存続をも脅かしかねない、いくつかの重大な課題に直面しています。たとえば地球温暖化、資源やエネルギーの枯渇、地球上の貧富の格差、エイズ(AIDS)、新型肺炎(SARS)、鳥インフルエンザのような新興感染症。こうした重大な課題には、どのようなソリューション(解決方法)がありえるのでしょうか? あるいは、グローバル化した経済、フラット化した世界のなかで、地域の活性化をどのように考えていけばよいのでしょうか?
当講座では、こうした課題に関して、世界に対して日本や地域の果たすべき役割について、さまざまな角度から議論を闊達に戦わせました。講師には、広い意味での教育・人材養成に関係し、なおかつ「経営」にもたずさわる方、つまり学界・経済界のプロフェッショナルをお招きしました。先に述べたさまざまな問題の核心の一つは、限られた資源をいかに適正に配分するかであり、それは「経営(マネジメント)」の問題でもあるからです。さらに、「経営」は、課題解決の過程をビジネス化することによって実現するものだからです。
さて、本書で紹介する六つの講座と五つの討論に共通して打ち出されたメッセージは、本書のタイトルともなった「日本よ、再浮上せよ!」です。多くの課題を抱える日本は、今まさに再浮上のオポチュニティ(機会点)にあるということなのです。解決の具体的なヒントは、本書の各講座および討論に明確に記されています。各界で活躍するプロフェッショナルが示す日本の未来への針路は、読者の皆さんが知識基盤社会(もっぱら知識に基づく活動が価値を生み出す社会)を生き抜くうえで有用なものとなるにちがいありません。
ここで、私の日本再浮上の提言を述べておきましょう。
──知識基盤社会における高等教育の役割
21世紀の日本は、知識基盤社会の到来と若年人口の減少という状況のなかで、若者はもちろん、あらゆる年齢層の国民一人ひとりの(知的)能力を最大限に引き出すことが求められています。したがって、教育がもっとも重要であるということは論を待ちません。
しかしながら、女性の社会的な活躍の場は極めて低いレベルにあり、労働力不足が叫ばれながら、ニート・フリーターといわれる280万人にものぼる若者に正規の職場が与えられないという状況は今も続いています。
また、教育の重要性が叫ばれながら、日本の教育への公財政支出の比率(GDP=国内総生産に対する割合)は、OECD(経済協力開発機構)加盟国(30カ国)中、29位です。最下位のギリシャについで下から2番目という状況です(2007年)。なかでも、高等教育に対する投資が際だって少ないことが、すでに40年前にOECDの来日調査団報告で指摘されていながら、2004年の「高等教育機関に対する公財政支出のOECD比較」においても、日本の対GDP比はOECD諸国平均の約半分の0・5%です。依然として加盟国中最低の水準にとどまっています。これはいったいなぜなのでしょうか?
──大学教育と大学間競争
「本来はもっと大学(および教育全般)に公財政投資をするべきだ」という考えの方の中にも、「現状の大学に投資してもザルに水を注ぐようなもので無駄だ。大学は競争して、いいところが勝ち残れば、そこに重点投資するべきである」という意見をもつ方が多いように見受けられます。それでは、大学間の競争はどのようなルールでなされているのでしょうか?
研究における競争では「競争的資金」と呼ばれる研究助成金制度が整備された結果、優れた研究には研究費が与えられるというルールが確立してきました。では、教育における競争には、優れた教育を実施する大学が栄えるというルールはあるのでしょうか? また、優れた教育とはどのような内容を指すのでしょうか?
たとえば、理系学部の学生には、必ず習得すべき「物理化学」という科目があります。物理化学担当の教員がもっとも力を注いでいるのは、「エントロピーとは何か?」「分子の世界でエネルギーがとびとびの値をとるとはどういうことか?」を学生に理解させる過程で、学生がどこで引っかかっているのかということを対話を通じて発見し、さらに適切な説明を行うといったことでしょう。では、こうした教育に熱心な教師のいる大学は、社会からいい大学として評価されているでしょうか?
研究に対する公的支援では、一流(その見極めは難しいのですが)の研究を支援すればよく、二流の研究に対する支援は打ち切っても問題ないでしょう。しかし、一方で、教育においては、高校卒業時の学力が高い学生を受け入れる大学(いわゆる高偏差値大学)と、入学時の偏差値は高くなくてもさまざまな可能性をもつ学生を受け入れる大学のどちらにも存在意義があり、前者を一流大学と見なして、そこへ重点投資するといった考え方がもしなされるとすれば、それは国民一人ひとりの能力を最大限に引き出す教育とはなりません。
「大学教育の評価」が難しいのは、通常の企業の業績評価に使われている指標(たとえば効率とか生産性)に相当するよい指標が発明されていないためと思われます。ですから、よい教育の指標の一つは、入学時から卒業時までに、学生がどれだけ成長したかという「伸び率」を反映するものが望ましいのではないでしょうか。
しかし、大学間競争の現実はどうでしょうか? 大学教師の目には、現在の競争原理は、多数の学生を入学させて経営基盤を強くすることに成功した大学を勝者とするものとしか映りません。そして、成功の最大の要因は、大学の立地(大都市か地方か)、入学生の偏差値、卒業生の就職先などであり、優れた教員の努力が反映される余地は極めて限られているように思えるのです。とはいえ、私たち地方大学も、手をこまねいて嘆いてばかりいるわけにはいきません。
──地域との連携の重要性
地方大学は、地域の知的・文化的中核であり、地域の活力増大・繁栄に寄与することが強く期待されています。また、逆に、魅力的な土地に立地する大学は若者を引きつけることが可能です。したがって、地方大学の繁栄と地方都市の繁栄(魅力的なまちづくり)は、いわば一心同体となっています。
現在の日本の状況では、地方都市の苦闘は、なかなか出口が見つからず、「東京の一人勝ち」といっていい状況です。日本全国を均衡よく発展させることはもはや難しく、東京をはじめ大都市圏に重点的に投資をすることが日本全体の繁栄につながるといった主張や、東京と地方の間で限られた財源の取り合いといった事態も起こりそうです。
東京の繁栄は、東京に自立的・自律的に繁栄の駆動力が備わっていて、その魅力が地方から人や財を引きつけているからなのでしょうか。それとも、地方から人材やすべての財貨が集まってくるので、繁栄しているのでしょうか。
私見では、後者の要因が相当大きいように思われます。もしそうだとすると、地方がこれ以上疲弊して、東京へ送り出すものが枯渇すれば、東京もまた衰退に陥り、日本全体として衰退することになるかもしれません。
本書で取り上げた話題は、徳島県や四国に限るものではなく、日本全国、どこでもあてはまるものと思います。それぞれの地域、大学でソリューションを考えるヒントが得られるならば、望外の喜びです。
第1講座 世界の持続的発展と「課題先進国」日本の役割 小宮山宏(東京大学 総長)
1 「課題先進国」日本
世界の先を行く/米国のエネルギー消費は日本の1・8倍/日本の技術力はすごい/問題解決のインセンティブは「改善の必要性」
2 すべてが拡張し続けた20世紀
日本は他国に誇れる文化をもっていた/日本以外の先進国は皆「自己解決のマインド」をもっている/地球全体に大きな影響を与える
3 新しい「知識の全体像」を作る
細分化する学問に追いつけない専門家の知識/知の構造化を目指す/まだまだ実現可能なエアコンの省エネ化/わが家を省エネエコハウスで実験中/日本発「アジア・モデル」
4 日本が率先して世界の先頭に立つ
世界で初めての少子高齢化対応の医療体制/スリム化する東京大学の教授会/埋め立て用ゴミが10分の1に/英語を学べ! アジアに目を向けよう!/世界を変える三つの「知」
討 論 「知の構造化」が地方を変える
小宮山宏 東京大学 総長/飯泉嘉門 徳島県知事/桐野豊 徳島文理大学・徳島文理大学短期大学部学長
第2講座 イノベーションとサービス・サイエンス 丸山力(日本アイ・ビー・エム(株)顧問)
1 世界がフラット化する
イノベーションは飛躍的に人々の暮らしを豊かにする/「フラット化する世界」がやってきた/世界経済を一変させた「為替」と「光」/豊かになった若者が求めるもの/光ファイバーが米国のサービス産業を奪う
2 新興国と競争するために何が必要か?
BRICsの台頭が始まった/中国とインドが日米を追い抜く日/サービス産業が70%を占める日米/BRICsにアウトソーシングされない仕事
3 サービス・サイエンスの実践
「知識時代」が到来する/サービス・サイエンスとは?/サービスは無料か?/なぜアマゾンは儲かるのか?/サービス・サイエンス 7つのターゲット・ビジネス/サービス・サイエンスが次代を拓く
討 論 偉大なる「無敵の会社」を創れ
丸山力 日本アイ・ビー・エム(株)顧問/近藤紳一郎 スタンシステム(株)代表取締役/植田貴世子 (株)クラッシー 代表取締役/桐野豊 徳島文理大学・徳島文理大学短期大学部学長
第3講座 グローバル化と「人財」としての日本人 橘・フクシマ・咲江(コーン・フェリー・インターナショナル(株)日本担当代表取締役社長)
1 成長するヘッド・ハンティング・ビジネス
日本の現状に募る危機感/人財市場セグメントの現状/コーン・フェリー・インターナショナルの事業/「人財」の課題をコンサルティングする
2 フラット化する世界と日本の人財
グローバル競争に置いていかれる日本/意識が変わり始めた日本のビジネスマン/就職はブランドではなく、本当に行きたいところへ/人財ビジネスにおける需要と供給のミスマッチ/変革者が求められる理由/変革者に求められるプロファイリング/「和」の人より、グローバルでプロフェッショナルな変革者を/求人が増えてきた女性経営者/「女性である」ことは、個人の資質の一つ
3 会社に頼らずにキャリアを形成する方法
グローバルに活躍するための五つの要件/日本人でありながら、グローバルな要件を満たす人財
討 論 コミュニケーションは「実践」でこそ培われる
橘・フクシマ・咲江 コーン・フェリー・インターナショナル(株)日本担当代表取締役社長/徳元俊弘 大塚製薬(株)執行役員生産企画部長/桐野豊 徳島文理大学・徳島文理大学短期大学部学長
第4講座 日本の医療の行方 木村廣道(東京大学大学院 薬学系研究科 客員教授)
1 21世紀の医療の社会的な役割とは?
生物の三つの戦略と人間の過ち/日本が抱える時限爆弾/高まる健康意識/おまけの人生をどう生きる?
2 日本の医療を取り巻く環境の変化
消費者の立場から医療を考える/病院にとって「利益」は禁句/特異産業としての「医療」/生き残れるか? 日本の製薬会社/自分のことは自分で守る時代
3 未来のリーダー、出でよ
生命科学産業はこれからの基幹産業/日本人は決断が遅く、問題を先送りし、ブランド志向で……
討 論 国内競争がなければ、外資には勝てない
藤巻健史 (株)フジマキ・ジャパン 代表取締役社長/木村廣道 東京大学大学院 薬学系研究科 客員教授/桐野豊 徳島文理大学・徳島文理大学短期大学部学長
第5講座 女性を活かす 小林いずみ(メリルリンチ日本証券(株)代表取締役社長)
1 2050年、日本社会が変わる
女性の仕事環境は国によって大きく違う/米国の「女性の活用」は長期的なビジネス戦略/2050年、日本では80歳以上の女性が圧倒的に増える/皆が長く働く社会に求められる価値観
2 自身の個性で仕事を選ぶ時代
時代とともに価値観は変わる、「女性にはできない」と思い込まないこと/大都会 VS 地方 どっちが得か?/徳島の女性は日本で一番活躍する
3 多様な人材を活用してこそ企業は成り立つ
企業は人材の強みを活かしきっているか?/企業は社員の性別に関係なく成長の機会を提供しているか?/新しい顧客セグメントのニーズをつかめ!/若者が心から「子どもが欲しい」と思うとき/経営戦略として女性の積極活用を
第6講座 人材再生への課題と挑戦 冨山和彦((株)経営共創基盤代表取締役CEO)
1 産業再生機構で見た窮境企業の問題点
日本が抱える「人」の問題/ダイエー、カネボウから地方のバス会社、温泉旅館まで企業再生に奔走する/なぜ大企業は業績悪化に陥ったのか?/頑張る女性たちがカネボウを支えた
2 自分の頭で考える力を失った日本の経営者たち
日本企業が破綻する原因は経営トップにある/超エリート企業はなぜ破綻したのか/「入試」で求められる能力と「経営」で求められる能力の違い/学歴エリートはピンチになると……?/マネジメントは「個」の極致/カイシャ幕藩体制の崩壊
3 社会のリーダーに求められる資質とは?
「正しいことをすれば必ず経営は成功する」/20歳も若返った大企業カネボウの社長職/変革期には順送り人事を廃し、40歳以上の中から社長候補を選べ/東大出身役員が企業の業績を下げる?/ネアカと胆力が経営者の基本条件/真のエリートほど他人の人生に義務を負う/すべての人間が残せる「後世への最大の遺物」は
討 論 人生のリスクに果敢に挑め
小林いずみ メリルリンチ日本証券(株)代表取締役社長/冨山和彦 (株)経営共創基盤 代表取締役CEO/桐野豊 徳島文理大学・徳島文理大学短期大学部学長
愛媛県生まれ。東京大学薬学部卒業。1972年同大学大学院薬学系研究科博士課程修了。米国カーネギーメロン大学博士研究員、東京大学薬学部助手、助教授などを経て1985年九州大学薬学部教授、1993年東京大学薬学部教授、2001年同大学薬学部長・大学院薬学系研究科長、05年同大学理事・副学長。06年より、徳島文理大学学長・香川薬学部教授。専門は「神経生物物理学」、とくに「学習・記憶のメカニズムの解明」。所属学会は、レギュラトリーサイエンス学会(理事長)、薬学会、生物物理学会、神経化学会、神経科学学会、生化学会、バイオイメージング学会、Society for Neuroscience。 「科学技術振興機構・イノベーション推進本部」プログラムオフィサー、文部科学省「ターゲットタンパク研究プログラム評価委員会」委員、大学評価・学位授与機構「学位審査会」専門委員など、全国レベルの役職を務めながら、徳島県文化復興財団理事、かがわ産業支援財団「都市エリア産学官連携促進事業(発展系)」外部評価委員会・委員長、「香川総合医療教育研究コンソーシアム」事業統括などとして、地域活性化に貢献。大学の使命である「研究に裏づけられた教育」と「教育に刺激された研究」の推進に同僚とともに励むかたわら、徳島県、香川県、四国の再浮上のため活動中。