良いチームワークとは

2006年11月07日

良いチームワークとは何か。前世界銀行副総裁の、西水美恵子氏のシンプルなエッセイが、非常に参考になった。

「本物を見極める為には特に五つのチーム性格が役に立った。
(日)指導権に執着せず、状況に応じてリーダーシップを分かちあう
(月)個人に責任はなくても、チームの共同体責任を快く負う
(火)自発性に勝れ、チームの目標を自分達で設定して行動に移す
(水)正直な会話を好み、幅広く開放的な議論を基に問題を解決する
(木)仲間との仕事を楽しみ、よく笑い、チームの集いを待ち遠しく思う。」

(日経新聞2006年11月4日 夕刊)

国境を越えて通用する、「良いチーム」の本質だと思う。

山中礼二


言葉の力(ジダン)

2006年07月14日

ユリウス・カエサルは、多くの部下を前にして、絶妙のタイミングで、歴史に残る美しい名文句を吐いた歴史人物である。「賽は投げられた」は、その典型例である。言葉の持つ霊妙な力が、歴史を超えて伝わってくる。

現代には、それに匹敵する人物はなかなかいない。しかし唯一、カエサル級だと私が思うのは、サッカーフランス代表のジダンである。

ベスト16でスペインを破った時に、フランスの記者団の前で語ったコメントは、有名になった。

「スペイン人には申し訳ないが、この試合を最後に引退するつもりはなかった。冒険はまだ続く。」

ベスト8でブラジルを破った時には、慎重なジダンがはじめて、強気なコメントを聞かせてくれた。

「あとは優勝トロフィーを目指すだけだ。こうなった以上、止まるつもりはない。」

この試合で破れ、打ちひしがれていたブラジルのノビーニョ。そこに声をかけたのは、レアル・マドリードの同僚ジダンだった。

「大丈夫。君には勝利がたくさん待っている。勝つべきW杯が先で待っている。」

そして決勝戦。Tシャツをつかんだマテラッツィに、怒ったジダンは言った。「シャツが欲しければ、後でやる」結果的には頭突きに至ったわけだが、喧嘩を売る一言としては、極めて洗練されていると思う。


産業再生機構 冨山さんのお話

2006年07月11日

あすか会議で、冨山さんのお話を伺い、強い印象を受けた。

<以下、講演中の走り書きより抜粋>

・経営の冷徹な合理性:決して変わらないし、決して曲げてはならない。そこに「情」が混ざるが、冷徹な判断を曲げてはならない。

・その中で、情理と合理がぶつかる。これを乗り越えることが、経営である。うちの41案件、経営のキモは全て、ここにある。

・ダメな経営者は、どちらかに重心を置いて、どちらかから逃げる。成功する経営者は、そこから逃げず、ストレスに耐える。渋沢英一も、「片手にそろばん、片手に論語」と答えている。

・これを乗り越えるものは、哲学であり、人間性である。

・経営者:その人がやったことによって、社員の家族の人生を壊してしまいかねない仕事。そのような、重いバランスシートをしょっている。その重さを認識しているかどうかが重要。これを鍛錬する決定的な方法はない。この重さを自覚しながら、辛い思いを積み重ねる以外に、方法はない。

<以上、走り書き終わり>

以前から、プロフェッショナル・ファシリテーターの田村洋一さんが、ブログの中で「矛盾から逃げずに、矛盾を昇華させる」ことの重要性を、指摘していらっしゃったことを、思い出した。
(http://blog.livedoor.jp/facilitators/archives/50306016.html)

矛盾をあきらめず、トレードオフから逃げないベンチャーキャピタリストを目指したいと思う。


キャプテン宮本のコア・コンピタンスとは

2006年06月30日

コンビニの18禁棚で、「Flash Exciting」という、Flashがもっと過激になった雑誌を買った。単に「あいのり」特集を見たかったのだが、この雑誌に載っていた「キャプテン宮本の仰天ツネ様伝説」が面白かった。以下、引用である。

「大阪の富田林市立伏山台小学校でのツネ様は、文武両道を地で行く優等生。たった12歳にして、先生の考えていることを「アイコンタクト」でわかる唯一の生徒だったと恩師は語った。」

「母親、祖父がともに英語教師だった宮本家だが、ツネ様の語学力もやはり抜群だった!中学時代には英語弁論大会で優勝した実力を持っているのだ。2004年に中国で開催されたアジアカップのヨルダン選(準々決勝)では、通訳を挟むことなくPKのサイド変更をレフェリーと交渉したり、トルシエ前日本代表監督のもとでは、フランス語でコミュニケーションをはかるなど、サッカーにも親譲りの語学力が役に立っているのかもしれない!」

高いSensitivityとコミュニケーション能力を武器に、日本代表でキャプテン・マークを与えられた宮本。一方で、以下のような一面も持っていたという。

「(高校時)校内のサッカー大会では、あくまで控え目にプレー。目立ちすぎず、常に協調性を重んじていた。」

今の日本代表でも、宮本は話し合いの「場作り」を大切にする、協調型のリーダーだと思う。これは素晴らしい能力ではあるが、組織に根本的な変革が必要な時には、違うリーダーシップスタイルが欲しい。摩擦を起こすことを恐れない、強烈な個性が必要になるのだろう。例えば、歴史人物で言えば高杉晋作であり、サッカーであればドイツのオリバー・カーンなどのタイプだと思う。

では、一人の人間が、状況に応じて二つのリーダーシップ・スタイルを、演じ分けることは、可能なのだろうか?私は答えを持っていないのですが、皆さんはどう思われますか?


清宮監督のリーダーシップ・スタイル

2006年05月18日

最近スポーツの話題ばかりで、ビジネス書を読んでいないのがバレバレだが・・・。

早稲田大学ラグビー部を劇的に再生した、清宮監督(現・サントリーラグビー部)についての記事が、日経新聞に載っていて、興味深い。

(引用はじめ)
「自分の思い通りにならないと気がすまない性格」。清宮は自己を分析する。 (中略) 実は、勤務していたサントリーのリーダー研修で、清宮は「リーダー失格」の評価を受けたことがある。ディスカッションで自分の意見を一方的に述べ、他人の意見にほとんど耳を貸さない。ふんぞり返ったような態度を取る。研修のテーマは「共創」。そのため、部下や同僚の意見をくみ上げながら一つの物事を作り上げていくには向いていないと、研修での講評は散々だった。

確かに大勢の人の声に耳を傾けながら、人々を導いていく調和型の指導者はいる。だが、清宮が求めるリーダー像は全く逆だ。「自分の意見に対し、全員を『ウン』と納得させることができなければ、リーダーは務まらない」

(日経新聞 夕刊 2006年5月16日 「駆ける魂」)

強いリーダーになるためには、いくつか必要な心理学的特質がある。そのうちの一つは、「権力(パワー)に対する強い欲求」だと思う。この欲求を、高い理想実現のために発揮する時に、リーダーは凄まじい力を発揮する。

山中礼二


経営者の厳しさ(長谷川耕造氏)

2006年04月02日

グローバルダイニングの長谷川社長の「タフ&クール」からの抜粋である。

「ぼくは、社員みんなに匕首を突きつけて、高い要求をする。だから、もしぼくが納得のいく経営を実現できなければ、かつてのように社員たちは会社から逃げ出すだろう。逆にいえば、ぼく自身、社員みんなから常に匕首を突きつけられている状態なのだ。この互いの緊張感こそが、経営を間違った方向に導かないための最良の方法だとぼくは思っているけど、しんどいことに変わりはない。」

(「タフ&クール」日経BP社)

"Demanding"という英語は、しばしば形容詞的に使われる。「要求の厳しい」という意味で、マネージャーの枕詞のようなものだろう。決してPositiveなニュアンスではないが、時にはDemandingになることが必要だということを、長谷川氏の著書が教えてくれる。

山中礼二


意見の衝突を恐れない(ジーコのリーダー論)

2006年03月25日

再び「ジーコのリーダー論」に戻る。ジーコは、鹿島アントラーズの宮本監督と、しばしば意見を衝突させていることを、全く隠そうとしなかった。

(以下、引用)

意見の衝突は、けっして相手が嫌いだから生じるものではない。お互い本気でチームを強くしようと考えているからこそ生じるものなのだ。意見の衝突が多ければ多いほど、激しければ激しいだけ、それだけチームに対して真剣に取り組んでいるということだ。どんなに激しい意見を交わし、衝突しようと、私と監督は徹底的に話し合ってきた。そして、お互いの考えを尊重し、理解し合ってきた。

(中略)

私の言う相手を尊重するとは、お互いが遠慮することではない。自分が持っている意見を真正面からぶつけあい、それについて徹底的に話し合うことこそ、ほんとうの意味での尊重なのだ。鹿島アントラーズというチームを指導する立場にあるリーダー同士が、情熱を傾け、尊重しあい、お互いのコミュニケーションがなされたからこそ、チームはまとまったのだと私は考えている。(引用終わり)

(「ジーコのリーダー論」ごま書房)

我が身を振り返れば、全ての人をハッピーにすることにエネルギーを集中させるあまり、自分の意見を真正面からぶつけることを恐れてきたように思う。全力で自説を述べ、全力で相手の意見を理解しようと努力する。この熱意を欠いた「調整役」には、何の価値もない。

山中礼二


ジーコの教育論

2006年03月21日

ジーコの本を読むと、教育・育成に関する彼の知見の奥深さに、驚かされる。

(以下、引用)

選手の才能に対して、あれはいい、これはダメと結論を急いではならない。一見プロとしてやっていくには才能が足りないと思えても、あわててダメという烙印を押すことはない。まずはその選手をいろいろな角度から分析し、それから対処法を考えることだ。

まず、いったい彼は選手として何が欠けているのか、どういった問題を抱えているのかをじっくり分析する。そして、どういうサッカー体験をし、どういう練習を重ねてきた結果、彼がそういう否定的な結果を出しているのか、いろいろな側面から見ていかなければならない。

学ぶということひとつとっても、いろいろなことが考えられる。場合によっては、彼は学ぶ才能が欠けている選手なのかもしれない。才能が欠けていないにしても、学び方が人よりゆっくりなのかもしれない。あるいは練習から学ぶのはうまいが、実戦に出て、試合から学ぶことがヘタという場合もあるかもしれない。こういう場合は、学び方さえしっかり身につければ、ぐんぐん伸びてくる可能性だってある。

(引用終わり)「ジーコのリーダー論」(ごま書房)

この本を大学生の時に読んでいたら、私はもうちょっとまともなディベート教育を、後輩に対してできたような気がする。

山中礼二


ジーコのリーダー論(1)

2006年03月16日

仕事が忙しく、しばらくブログを書けなかった。しかしその間も本だけは読んでいたため、書きたいネタは山ほどたまっている。

今日は、グロービス・マネジメント・スクール講師の岡村さんに勧められた、「ジーコのリーダー論」からのご紹介。1998年に書かれたこの本を読むと、ジーコが最弱チーム鹿島アントラーズを最強軍団に変えた秘密がわかる。

ジーコは、まだ二部リーグからJ-Leagueに編入されたアントラーズの選手達に、ジーコは言った。

「私は選手たちに『私は、このチームを優勝を争えるチームにするために来た。私の技術や経験や知識をすべて君たちに伝える。だから、君たちもトップに立つことを目指してほしい』とはっきり言った。」

「何かをはじめようとするとき、もっともたいせつなのはチャレンジする気持ちだと私は考える。とくに、これから組織を作り上げ、部下を育てていかなければならないリーダーには、なくてはならない資質だ。大きな目標に向かっていこうとしないリーダーに、誰がついていこうと思うだろうか」

「リーダーは、つねに上へ上へとチャレンジするべきだ。たとえ、それが現時点では不可能なことのように思えても、けっしてチャレンジする姿勢を忘れてはならない。そのリーダーのエネルギーが、部下を変え、組織を変えていくのである。」

私が2000年に初めて、GDH(2004年マザーズ上場)の石川社長にお会いした時に、石川社長は「会社を大きくして、ディズニーを買収する」と言い放った。上を目指す激しい気持ちが、リーダーには必須だと思う。

山中礼二