プロフェッショナルとは、「新人」であり続けること

2007年06月17日

以前もブログで紹介した、宮大工の西岡常一氏の直弟子である、菊池恭二氏がNHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」に登場した。

プロフェッショナルとは、という問いに対する、菊池氏の回答である。

「いつも前向きに物事を考える新人だと思います。
それはいつもなんか新しい考えを追い求めている。
私は新人だよという意味がそれがプロかなと思いますね。」

シンプルだが重たい言葉。ベンチャーキャピタリストにとって必須の考え方だと思った。

山中れいじ


セッターのいきざま

2007年02月23日

会社の机上を整理整頓したら、新聞の切抜きがでてきた。新聞を読んでいて、あまりの内容に思わず破り取って、カバンに放り込んだ記事。それが大量に出てきた。

中でも目を奪われたのは、日経新聞夕刊に掲載されていた、「駆ける魂」シリーズだ。特に、女子バレー日本代表監督の柳本氏のノンフィクションは、印象的だった。

柳本氏は、現役時代、一度も前日本のレギュラーポジションを獲れなかった。日本バレーの歴史に残る名セッターの猫田氏がいたからだ。技術面では、自分が勝っているはずなのに・・・。

猫田氏の真の強さに気づいたのは、引退した後だったという。

(ここから引用)

 猫田との差がわかったのはともに引退した後になってからだった。「私も120点のトスを上げていた。だが、猫田さんは150点のトスを上げていた」と柳本。その差を「人間力」と表現する。
 猫田はアタッカーがミスをすると、トスが悪くなくても必ず「ごめん」と謝った。死の間際の病床では、もうろうとした意識で必死に次のトスを伝えるサインを繰り返していたという。相手の気持ちを読み取る細やかさ。そして、勝負に賭ける執念。それがアタッカーに「この人のために決めたい」と思わせる。そんな技量を超えた部分が勝負を左右すると柳本は考えるようになった。

2006/10/24, 日本経済新聞 夕刊 「女子バレー全日本監督柳本晶一氏(2)控えセッターの屈辱、指導者の礎」

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メキシコオリンピックで銀メダル、ミュンヘンオリンピックで金メダルを取った世界一のセッター猫田は、給料の大半を外国のバレーボール専門書購入に費やしたという。

『――(前略)――勝つ事のみ考え、毎日激しい練習にたえております。時には、我々はなぜやらなければならないのか、とも思います。――(中略)――松平監督は「世界一になる」、しかし1位になれなくともその練習で養った精神力が大切とも言います。しかし、世界一、大変な事です。しかし、なったところで何になろう。精神力(今以上のもの)がどこに必要か、自分で考えてみて無駄な事とも思えます。しかし、男と生まれたからには、何か一生のうちで大きい仕事をしてみたい。それが今のバレーボールでしょう――(後略)――』
(1968年3月22日付・婚約時代の禮子夫人にあてた手紙より)
http://www.jti.co.jp/JTI/volleyball/men/nekoda/index.html

チームを勝たせるために、トスを上げ続ける。ただそれだけのことに、全身全霊を傾けた一生があった。享年39歳。

山中れいじ


武士道精神が優秀な営業マンを生む?

2007年02月06日

クーリエ・ジャポンという雑誌をよく読んでいるのだが、そこにちょっと面白いインドネシアのガトラ誌の記事が収録されていた。簡単にまとめると、以下のような趣旨である。

あるクライアント企業が、コンサルタントにユニークな提案をしてきた。「我が社の営業マンの生産性を高めるように、新たな倫理規定を作って欲しい」

コンサルタントは熟考の末、日本の「武士道」をベースにした行動規範を提案した。

「義」---営業マンは常に公正に。決して顧客を騙さない
「勇」---思い切ってイニシアチブを取る。チャンスを活かして果断に行動する
「仁」---顧客に対して共感し、真心を持って接する
「礼」---顧客に対して、常に尊敬の念を持つ
「誠」---潔癖な心を持って、正直に生きる
「名誉」---常に会社の名誉を意識して行動し
「忠義」---商品やサービスに心底忠誠を尽くす

そして、インドネシアのガトラ誌によれば・・・

「クライアントがこれらの武士道の理念を、営業マンへの教育・研修に取り入れたところ、早速その効果は目に見えて表れたという。営業と言う仕事に対するプロ意識が"サムライ精神"に通じるものだと実感できたことで、営業マンたちの目にはある種の誇りすら感じられたそうだ。恐らくそれは、彼らがこれまで取り組んできた仕事が、高貴な倫理観に基づいたものだと証明されたからなのだろう。」

インドネシア人のコンサルタントが、日本の武士道を応用できるレベルまで学んでいたという事実には、頭が下がる。私達は、いや少なくとも私は、日本の武士道精神を深く学んでこなかったように思う。他国の価値観についても(例えばイスラム教の価値観について)、まだまだ不勉強である。

山中れいじ


続・プロフェッショナリズム(西水さんより)

2007年01月31日

元世界銀行副総裁の西水美恵子さんから、いただいたコメントを、ご紹介したい。(私の設定ミスで、ブログへのコメント書き込みができなかったとのことです)

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ただ食べるための仕事ではなく、人間として生きる(生き甲斐の「生きる」)ための仕事に誇りをもって専念する人。。。だと感じます。給料などない主婦業でも、プロフェッショナルとして自分を磨きながら生き生きとしている婦人たちも、その中に入ると思います。

西水

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西水さん、ありがとうございました!


プロフェッショナリズムとは何か

2007年01月29日

先日、ヘルスケアの勉強会で、私の尊敬する友人-訪問医療を展開する医師・起業家-が「営利企業と非営利組織」について講演をしてくれた。彼の提示した結論は、

「営利・非営利は紙一重だ。自分にとって目指すべきものは、『非営利性』ではなく、プロフェッショナリズムだ」というもの。これには、深く考えさせられるものがあった。

プロフェッショナルとは、どういうことだろう。

よくNHKの「プロフェッショナル」から、このブログに引用しているのだが、私には「プロフェッショナル」の定義がよくわからない。NHKの「プロフェッショナル」でも、人によって「プロフェッショナルとは」の定義がバラバラだ。

例えば、漫画家の浦沢直樹氏は・・・
「締め切りがあること。そしてその締め切りまでに、最善を尽くす人のことじゃないかしら」

脳外科医の上山博康氏は・・・
「過去から通したいきざまで、自分を好きでいられるいきざまを貫くこと」

などなど、定義がバラバラだ。

皆さんの「プロフェッショナル」の定義は、何ですか?

でる単式に言えば、「プロフェッション」とは職業だろう。だから「プロフェッショナリズム」とは、強い職業意識のことを指すと思う。換言すれば、カネをもらう対価として自身が提供する価値のレベルについて、強い規範意識・倫理意識を持っている人が、真の「プロフェッショナル」なのだと思う。

手塚修虫の「ブラック・ジャック」は、その極端な例だと思う。かつてはオリンピックの精神だった、ギリシア以来の「アマチュアリズム」(=カネの追求を汚いものとする考え方)に対する、強烈なアンチテーゼ。

真のプロフェッショナルは、自分が提供する価値を、厳しく律する。自分が持つ内的な規範意識に基づいて、妥協することなく価値を高め続ける。

そして、価値を提供できるように自分を高めることについても、真のプロフェッショナルは妥協することがない。イチロー、松井、サッカーのカズに見られるような自己鍛錬は、プロフェッショナリズムそのものだ。

真のプロフェッショナルを目指して。私達の旅は続く。

山中れいじ


修羅場がリーダーを育てる

2007年01月25日

NHKの「プロフェッショナル」を見ながら、これを打っている。今日の主人公は、ドイツでオペラの指揮を任されていた、大野和士氏。しかしオーケストラがまるまる全員、労働争議のストライキに入ってしまう。これではオペラを開催することすら、おぼつかないという状況。

しかし大野氏は、そこからオーケストラ用の楽譜を書き換え書き換え、3台のピアノ用に編曲し、オペラを見事成功に導く。これによって、大野氏の名声はヨーロッパ中にとどろいたという。

全責任を負い、リスクを取ってリーダーシップを発揮した大野氏。修羅場が稀代のリーダーを作り上げた瞬間を、見せてもらった。

ありがとうNHK。今年も受信料、ちゃんと払います。

山中れいじ


「上達」の技法

2006年12月19日

しばらくブログをお休みしてしまいました。グロービスでの講師デビューは、想像をはるかに超えて忙しく、しばらくは投資業務もできない状態でした。

その間読んだ文章の中で、心に残ったものをいくつかメモしていきたいと思います。最初に、COURRiER Japon誌に掲載された、フォーチュン誌のレポート"Secrets of Greatness"。ビジネスに限らず、スポーツ選手など一流の職業人の「上達の方法」を探ったものです。

(ここから引用)
どんな分野であっても、一流と呼ばれる人々は研究者の言うところの「意識的な練習」に長い時間を費やす。「意識的な練習」というのは、能力の向上を目的として、技術を修得できるまで何度も練習を繰り返し、そのたびに適切なフィードバックをもらうことだ。

ゴルフの練習でたとえるなら、バケツいっぱいのボールをただ打つだけでは「意識的な練習」にはならない。ピンから6m以内に80%以上の確率でボールを寄せることを目標に、8番アイアンで300回練習する。そしてたえずボールの飛んだ方向を確認しつつ、フォームを微調整していく。これを、毎日何時間と繰り返す。これが「意識的な練習」だ。

毎日練習するというのはとても重要なことだ。前述のエリクソン教授によると、「分野を問わず、一流の人間は週末も含めて同じ量の練習を毎日繰り返す」のだという。

(中略)

ビジネスにおいても、「意識的な練習」は可能だ。もっともショパンのエチュードを練習するようにはいかない。いまやっている仕事への取り組み方を見直して、仕事を「練習」の材料としてしまうのだ。そのやり方を紹介しよう。

まずはどんな仕事であっても、必ずゴールを設定すること。つまり、とりあえず終わらせるというのではなく、一歩上を目指して取り組むことだ。(中略)基本的な仕事であれ、応用力の要求される仕事であれ、すべての仕事はゴールを設定することで上達することが可能なのだ。

次に、仕事をしているときは何が課題となっているのかを把握し、自身の取り組み方を見直すことが必要だ。最近の研究では、このような意識を持って仕事に取り組む人は情報をより深く理解し、より長いあいだ記憶にとどめられることがわかっている。
(引用終わり)

上記のような努力を、最低10年間続けることが、「一流」を極めるために必要だそうな。遠い道のりです。

山中れいじ


伸びるプロフェッショナル(ある脳外科医の場合)

2006年09月16日

昨日に続いて、「伸びるプロフェッショナル」の条件について。

NHKの「プロフェッショナル/仕事の流儀」で、脳動脈瘤の手術の権威である、旭川赤十字病院(脳神経外科)の上山先生が特集されていた。
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/060914/index.html

上山氏の信念は、以下のようなものだった。

「患者は、人生をかけて医者を信じる。これに立ち向かうために、医者も命をかけて患者に立ち向かわなければならない。」

最初から、このような考えを持っていたわけではない。上山氏は当初、手術の巧みな先輩が、亡くなった患者の家族に「力が及ばず、申し訳ありません」と謝るのを見て、「おかしい」「医師が悪いわけではないのに・・・」と噛み付いた。しかしそれに対して、先輩は言ったという。

「それは医者の論理だ」「患者は、医師を信じてやってくるのだ」

その言葉の意味がわかったのは、しばらく経って後のことだった。上山氏が担当したある患者。「成人していない息子が二人いる」「まだ死ぬわけにはいかない」と言っていた笑顔の患者の手術に、上山氏は失敗し、患者を死なせてしまった。

亡くなった患者の息子に土下座して詫びた上山氏に、その息子は言ったという。「父は、先生のことが好きだと言っていた。」「父が選んだ先生が救えなかったのだから、仕方がない」

上山氏の職業観を変えた、この決定的瞬間のことを語りながら、上山氏はNHKのスタジオで涙を止めることができなかった。

それから20年以上もの間、上山氏はこの時亡くなった患者のことを忘れたことがないという。

「医師も命をかけて患者に向かう」

生死の交差する現場から涙と共に産み出された、上山氏の「信念」である。

プロフェッショナルの長期的な成長を「信念」が支えるということを昨日書いたが、信念がこれほど悲しい思いの中から生まれるとは・・・想像を絶するものがあった。

山中礼二



伸びるプロフェッショナルの特性

2006年09月15日

グロービス・マネジメント・スクール講師(かつ起業家)の木田さんからご紹介いただいた本がある。アカデミックな本なので、最初は「眠いなあ・・・」と思いながら読んでいたが、本に書いてある内容のあまりの重要さに驚き、眠気も吹っ飛んだ。

「経験からの学習---プロフェッショナルへの成長プロセス」 松尾睦 著 (同文館出版)

医師も、経営者も、コンサルタントも、皆経験から学んで成長する。しかしなぜだろう。同じ期間の経験を積んでも、伸びる人と伸びない人に顕著な差が出てくる。この本は、その差がどこから来るのかを、科学的に分析した好著だと思う。

少しだけ内容を引用したい。

松尾氏によれば、「経験から学習する能力」は、以下の4点にまとめることができる。

・自分の能力に対する自信(楽観性、自尊心)
・学習機会を追い求める姿勢(好奇心)
・挑戦する姿勢(リスクテイキング)
・柔軟性(批判に対してオープン。フィードバックを活用する。)

この部分は、松尾氏オリジナルの研究結果ではなく、過去の経営学者の実証研究をまとめたものである。しかし松尾氏がすごいのは、以上の4点の「態度」に加えて、さらに長期的に学習成長にインパクトを与える「信念」の長期的効果とプロセスを明らかにしたことだ。

「信念」には、様々なものがある。例えば、「夢を忘れない」「ベストを尽くす」「人に負けない専門性を持つ」「尊敬される人格を身につける」「顧客を大切にする」「顧客とともに成長する」などである。(以上は、ITコンサルタントの典型的な「信念」である)

松尾氏によれば、信念には「目標達成志向」の信念と、「顧客志向」の信念に大別される。この二つの信念を強く、かつバランスよく持っている人材が、長期的(筆者によれば、約10年間)に大きく成長する。

私達は、学習促進的な「信念」を持っているだろうか?

山中礼二


不運のすすめ(米長哲学)

2006年08月11日

渋谷で昼食を取ろうと思い、東急東横店の9階に上ったら、将棋フェアをやっていた。将棋関係の本が多く平積みになっていたため、街燈に引き寄せられる蛾のように、本に取り付いた。昔は将棋少年だったものだ。

そこで手にしたのが、米長邦雄氏の「不運のすすめ」。表紙をめくると、米長氏の直筆で「幸」という文字が、黒々と書かれていた。すごいラッキーだ。ジャックウェルチの直筆サイン入りの本をビジネススクールでもらった時の、その30倍くらいうれしい。

一気に読んだのだが、非常に興味深い。

米長邦雄(永世棋聖。以下、敬称略)は、経済的に苦しい家庭に生まれ、20歳まで厳しい内弟子時代を送ってきた。比較的「苦しい」20年間である。その後、A級棋士として名声を確固たるものにした。幸せな15-20年間だったと思う。しかし、名人位に何度挑戦しても、敗退した。そして40代半ば、米長邦雄はどうしても、20代の若手棋士に勝てないというジレンマに突き当たった。谷川、南といった、次世代のスーパー棋士たちである。

しかしその中で、米長邦雄が取った対策は、人生の勝負手と言うにふさわしい。米長は10代(!)の天才棋士達を自宅に集めて対局させ、プライドを捨てて彼らから最新の戦法を教わったのだ。ちなみに、この時「米長道場」に集まったのは、当時17歳だった羽生善治、森内俊之、16歳の郷田真隆など、現在将棋界を代表する早々たる顔ぶれである。米長の洒脱な人柄が、若者達をひきつけたのだろう。

そして1993年、米長は50歳を目前にして、初めての名人位を獲得した。実に、七度目の名人戦挑戦だった。

彼が人生を通じて振り返った「不運のすすめ」は、非常に説得力のあるメッセージが満載だ。特に今、自分が不運だと感じる人に、お勧めの一冊だ。