3歳の娘のけたたましい叫び声で、私は飛び起きた。深夜2時である。娘は号泣。「むしが・・・むしが・・・」妻があわてて電気をつけて見ると、娘の腕の上をカブトムシが匍匐前進していた。
おそるべしカブトムシ。力が強いと知ってはいたが、まさか虫かごを空けて脱走するとは、思わなかった。
このカブトムシは、長野県の白馬村に行ったときに、早朝の森林で採ったもの。妻は最近、あきらかに夫以上にカブトムシに対して愛情を注いでいる。
妻にとって、このカブトムシはリターンマッチらしい。子供のとき、育てていたカブトムシを、妻はマンションのベランダから外に放り投げた。カブトムシが羽ばたいて林に帰っていくと思ったらしいが、現実は違った。カブトムシは垂直に落下し、コンクリートに打ち付けられ、まるで火曜サスペンス劇場の落下死体のように無残な死骸をさらしたという。20年以上前の話である。
その時の罪悪感から逃れるために、妻は今日もカブトムシのえさを買い、虫かごに入れる木を買い、カブトムシにコバエがつくのを防止するシートを買い・・・果てしない先行投資を繰り返している。
私にとって、カブトムシを飼うのは初めての体験だ。子供のころ私は、クワガタを飼っていた。夏の暑い日、クワガタを水風呂に入れてあげようと思いたった少年やまなかは、水深8cmの洗面器に水を張り、クワガタをつけた。その結果、愛しのクワガタは溺死した。一時は息を吹き返したように見えたが、結局動けなくなってしまった。
そのときのことを綴った作文「よみがえったクワガタ」は、私のいた市の優秀作文に選ばれ、市の文集に収録された。このときの作文のラスト・センテンスは、「もったいなかったです。」だった。母も、担任の教師も、何とか私から「かわいそうだった」という言葉を引き出そうと必死で誘導したが、私は「もったいなかった」としか言わなかったという。表現力の問題だったのか、それとも生物に対する愛情が欠如していたのか・・・。
今飼っているカブトムシも、いつかは死ぬだろう。そのとき娘は、なんと言うだろうか。両親が必要以上に思い入れを持って育てている、このカブトムシが死んだとき、娘は少しばかりは涙を流してくれるだろうか。
山中れいじ
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