ある友人(100才)の死

2007年06月24日

世界最高齢の男性が、日本の111歳の男性となったと聞き、「111歳くらいなら、彼でも余裕で到達できる!」と思っていた。そんな元気な畏友(Charles Franklin氏)が、100才と7ヶ月の生涯を終えた。ご冥福をお祈りしたい。

フランクリン氏とは、私が2002年、ピッツバーグの老人ホームに住み込みで働いていた頃、毎晩同じテーブルで夕食を共にしていた。当時はまだ95歳で、若干耳は遠いものの、元気だった。暖かいユーモアは冴え渡り、周囲の誰からも好かれていた。

71年間連れ添った奥様を、2001年に亡くした。陽光溢れる老人ホームの庭で、奥様と二人で、手を握り見詰め合っている写真は、老人ホームの宣伝パンフレットで長年使われていた。

フランクリン氏と夕食を共にする中で、私は「幸福」について考えるようになった。フランクリン氏は、奥様を亡くされてなお、幸せに見えた。周囲の隣人たち全員から愛されていた。15人のひ孫が次々に老人ホームを訪問し、フランクリン氏の長寿を祝福していた。そして何よりも、健康だった。何しろ95歳だった当時、フランクリン氏は時折車を運転していたほどである。

2005年、私が日本で介護事業を営む経営陣と共に、ピッツバーグの老人ホームを再訪したことがあった。突然の訪問に、フランクリン氏は目を丸くして驚いていた。しかし98歳の彼が、ビリヤードをして楽しんでいる姿に、こっちの方が驚いた。

社会的地位や財産よりも、家族、健康、そして個人の人格が、老後の「幸福」度を大きく左右するのではないか。フランクリン氏との交遊の中から、私がつかんだ確信である。それ以来フランクリン氏は、私のロールモデルとなった。

またお会いできると単純に信じていただけに、訃報を聞いて残念でならなかった。昨年末、バタバタしていてクリスマスカードを送れなかったことが悔やまれる。

山中れいじ

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