教育再生会議で、義家氏らが提唱した「親学」を巡る議論が沸騰し、再生会議は「迷走」しているらしい。国が、そこまで干渉するかいな、という反発も強いようだ。
しかし私は、子供の良い育て方について学ぶことは、全ての親にとって必要だと思う。このノウハウを「親学」と呼ぶなら、私は「親学」を中学生の必修科目の中で教えた方が良いと思う。
子供の教育は、奥が深い。例えば、乳幼児の様々ないたずらを、児童心理学では「探索行動」と呼ぶ。蜂の巣に手を伸ばしたり、壁に落書きをしたり、高いところから飛び降りたり、子供のいたずらは限りない。しかしこれらを親が叱ってばかりいると、子供は好奇心や自発的に行動する気持ちを失っていきかねない。「探索行動」は、子供の発展のために不可欠なTry&Errorである。
というのは、平井信義氏の「5歳までのゆっくり子育て」という本の受け売りだ。単純なセオリーだが、このことを知っているだけでも、親としては大分、気分が楽になる。
こういう知識が「親学」に含まれるのであれば、これは全ての親が学んだ方が良いと思う。
「親学」として何を教えるべきなのか、議論が必要だ。また政府が決めた「親学」に反発し、自分なりの教育方針を持つ親がいてもいい。ただそれでも、理想の「親学」についての国民的な議論を通じて、「理想的な子育て」に対する親の意識を高めることは、有益だと思う。また、「親学」について親が学べる場を広く提供することは、有益だと思う。
再生会議の「迷走」をシニカルに批判するのは簡単だが、対立を恐れずに自説を主張している義家氏に、私はあえて賛成票を投じたい。
山中れいじ
私は大学時代に、「ミッション」という英語を知らなかった。だから、野中郁次郎教授に授業中突然当てられ、「海兵隊のミッションは何だと思う?」と聞かれた時に、思いっきり聞き返してしまった。
「『ミッション』というのは、どういう意味ですか?」
野中先生の表情に、ありありと失望の色が浮かんだ。「きみ、ミッションというのは、使命のことだよ。」
私は幸い、海兵隊のケースを十分に予習してきていたので、海兵隊の果たしてきた歴史的使命を答えることができた。当時はまだ、野中先生がいかに大学者かちっとも知らなかったため緊張もしなかったが、今考えると背筋に寒いものが走る。
ところで、ベンチャー企業にとっても、起業家にとっても、ミッションは重要だと思う。モチベーションを維持し、共通のゴールを持った強い組織を作るのが、ミッションだ。
しかし、「良いミッションとは何か」「どうミッションを作れば良いのか」となると、これは難しい。そんな時に出あった言葉。
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「自分が生まれてきた意味を知っている人は強い」
たくさんの起業を見てきて、そう思うようになった。
たくさんの人が失敗してしまう中で、
あっさりと成功してしまう人がいるのは、
自分の居場所を知っていたから。
自分の居場所っていうのは、社会から与えられている。
だから、その場所が分かった人には、責任がある。
使命が出来る。
それがミッション。
自分らしくあれる場所、
戦う必要がない場所、
そんな場所が見つかったら、宣言しよう。
「ここは私の場所」だって、宣言しよう。
そこは、とてもとても
大切な場所だから。
そして、その場所で真摯に仕事をしよう。
毎日、毎秒、ミッションを意識して仕事をしよう。
いつか、自分にとっての大切な場所が
社会にとっての大切な場所になるように。
(「戦わない経営」 浜口隆則)
確かに、「良いミッションを作ろう」とがんばるのは本末転等で、ミッションは「帰ってきたウルトラマン」が変身する時のように、自然と天から与えられるものなのかもしれない。
「日本の開業率を10%に引き上げる」というミッションを持ち、起業家向けのレンタルオフィスを多店舗展開する、株式会社ビジネスバンク代表の浜口氏。独特の経営哲学を、柔らかい言葉で語っていて、興味深い。
山中れいじ
しばらくブログを書けず、すっかり遅くなってしまったが、過去1ヶ月に自分を最も感動させた映像/文章は、NHKスペシャルの「激流中国」だった。第二回の「ある雑誌編集部 60日の攻防」は、メディアが規制される中国の中で、ギリギリの線を突きながら様々な社会問題に取り組む、ある雑誌編集部を取り上げていた。
この編集部は、いたずらに正義心を振りかざし、当局を刺激することを避ける。その保守主義のためか、才能ある編集者達が離反し、独立する。しかし独立した編集者達は、政府を真っ向から批判する記事を掲載し、結局廃刊を余儀なくされる。
一方で、この保守的な編集部の方は、淡々と事実を伝え続ける。ある省における人身売買の実態を明らかにしたルポタージュは、その行政区の強烈な妨害を受けながらも掲載され、大きな反響を呼ぶ。
この編集長は、現状で与えられている「報道・言論の自由」を決して過大評価しない。そして許された範囲内で、事実を伝え続けることによって、少しずつ、したたかに社会を改良しようとしている。
これを見ていて、「曲なれば、則ち全し」という老子の言葉を思い出した。直線的に行動するのではなく、曲線的に行動することで、より大きなインパクトを社会に与える。そういう生き方もあるのだと、心を揺さぶられる思いがした。
山中れいじ