私は、Numberなどに載っているスポーツ・ノンフィクションが好きだ。そこで、本屋でふと見かけた、Number誌掲載ノンフィクションの傑作選を買った。
その冒頭に載っていたのが、歴史に残る傑作「江夏の21球」だ。ナンバー誌の創刊号に掲載されたという、(故)山際淳司氏の作品である。昭和54年の日本シリーズ最終戦で、一点差で勝っていた広島が、近鉄に攻められ、ノーアウト満塁にされた後の21球の攻防を描いている。
短い文章なのだが、その素晴らしさと心理描写の細やかさに、心を揺さぶられた。
江夏が打ち込まれた時に、古葉監督は、他の投手をブルペンに送り、投球練習を始めさせる。それを見た江夏のプライドは傷つき、怒りがこみ上げる。
古葉監督は悪くない。同点に追いつかれた時には、江夏に打順が回ってくる。その際に代打を出すためには、江夏に代えるピッチャーを用意しておかなければならない。
江夏も悪くない。「優勝請負人」としてのプライドがある。身体をボロボロにしながら、広島の快進撃を支えてきた守護神としての自負がある。
それでも、一瞬の間に、上司と部下の心の中に、想像を絶するコンフリクトが発生する。これが恐ろしい。
このコンフリクトを解消したのは、衣笠だった。サードを守っていた衣笠が、江夏に近づいて、声をかけたという。
「オレもお前と同じ気持ちだ。ベンチやブルペンのことなんて気にするな」
(「江夏の21球 昭和54年日本シリーズ 近鉄対広島第7戦)」
このコメントのことを、江夏は振り返っている。
「あのひとことで救われたという気持ちだったね。・・・胸のなかでもやもやっとしとったのがスーッとなくなった。そのひとことが心強かった。集中力がよみがえったという感じだった。」
このギリギリのシーンで、適切な言葉をかけられる衣笠は凄い。衣笠は、どれほどデッドボールをぶつけられても、笑顔で立ち上がる「鉄人」だった。"Emotional Intelligence"という言葉は、衣笠のためにあるような言葉だと思う。
とにかくこの「江夏の21球」は素晴らしかった。人の「心」の難しさと、偉大さに触れることができる名文、ぜひ一読をお勧めしたい。
山中礼二
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