セッターのいきざま

2007年02月23日

会社の机上を整理整頓したら、新聞の切抜きがでてきた。新聞を読んでいて、あまりの内容に思わず破り取って、カバンに放り込んだ記事。それが大量に出てきた。

中でも目を奪われたのは、日経新聞夕刊に掲載されていた、「駆ける魂」シリーズだ。特に、女子バレー日本代表監督の柳本氏のノンフィクションは、印象的だった。

柳本氏は、現役時代、一度も前日本のレギュラーポジションを獲れなかった。日本バレーの歴史に残る名セッターの猫田氏がいたからだ。技術面では、自分が勝っているはずなのに・・・。

猫田氏の真の強さに気づいたのは、引退した後だったという。

(ここから引用)

 猫田との差がわかったのはともに引退した後になってからだった。「私も120点のトスを上げていた。だが、猫田さんは150点のトスを上げていた」と柳本。その差を「人間力」と表現する。
 猫田はアタッカーがミスをすると、トスが悪くなくても必ず「ごめん」と謝った。死の間際の病床では、もうろうとした意識で必死に次のトスを伝えるサインを繰り返していたという。相手の気持ちを読み取る細やかさ。そして、勝負に賭ける執念。それがアタッカーに「この人のために決めたい」と思わせる。そんな技量を超えた部分が勝負を左右すると柳本は考えるようになった。

2006/10/24, 日本経済新聞 夕刊 「女子バレー全日本監督柳本晶一氏(2)控えセッターの屈辱、指導者の礎」

----------------------------------------

メキシコオリンピックで銀メダル、ミュンヘンオリンピックで金メダルを取った世界一のセッター猫田は、給料の大半を外国のバレーボール専門書購入に費やしたという。

『――(前略)――勝つ事のみ考え、毎日激しい練習にたえております。時には、我々はなぜやらなければならないのか、とも思います。――(中略)――松平監督は「世界一になる」、しかし1位になれなくともその練習で養った精神力が大切とも言います。しかし、世界一、大変な事です。しかし、なったところで何になろう。精神力(今以上のもの)がどこに必要か、自分で考えてみて無駄な事とも思えます。しかし、男と生まれたからには、何か一生のうちで大きい仕事をしてみたい。それが今のバレーボールでしょう――(後略)――』
(1968年3月22日付・婚約時代の禮子夫人にあてた手紙より)
http://www.jti.co.jp/JTI/volleyball/men/nekoda/index.html

チームを勝たせるために、トスを上げ続ける。ただそれだけのことに、全身全霊を傾けた一生があった。享年39歳。

山中れいじ

このエントリーへのコメント

コメントはありません。

コメントはこちらでどうぞ




保存しますか?