"Harvard Business Review on Entrepreneurship"という論文集を買って読んでいたところ、衝撃的なデータを目にした。
米国の1989年のInc.誌が発表した、「最も急成長している米国企業トップ500社」の中から、100社の起業家を訪問しインタビューしたところ・・・
41%の起業家は、まったくビジネスプランを作成したことがなかった
26%の起業家は、簡単かつ基本的なプランしか作成していなかった
5%の起業家は、投資家向けに財務計画のみ作成していた
28%の起業家は、完全なビジネスプランを作成した
(Amar Bhide "How Entrepreneurs Craft Strategies That Work" Harvard Business Review
March-April 1994)
起業家にとって、最も希少な資源は、カネではなく、「時間」だと思う。完全な事業計画を作成するのに時間を割くか、または事業に着手してみて、初期の失敗から学ぶことに賭けるか、難しい判断だ・・・。
山中礼二
会社の机上を整理整頓したら、新聞の切抜きがでてきた。新聞を読んでいて、あまりの内容に思わず破り取って、カバンに放り込んだ記事。それが大量に出てきた。
中でも目を奪われたのは、日経新聞夕刊に掲載されていた、「駆ける魂」シリーズだ。特に、女子バレー日本代表監督の柳本氏のノンフィクションは、印象的だった。
柳本氏は、現役時代、一度も前日本のレギュラーポジションを獲れなかった。日本バレーの歴史に残る名セッターの猫田氏がいたからだ。技術面では、自分が勝っているはずなのに・・・。
猫田氏の真の強さに気づいたのは、引退した後だったという。
(ここから引用)
猫田との差がわかったのはともに引退した後になってからだった。「私も120点のトスを上げていた。だが、猫田さんは150点のトスを上げていた」と柳本。その差を「人間力」と表現する。
猫田はアタッカーがミスをすると、トスが悪くなくても必ず「ごめん」と謝った。死の間際の病床では、もうろうとした意識で必死に次のトスを伝えるサインを繰り返していたという。相手の気持ちを読み取る細やかさ。そして、勝負に賭ける執念。それがアタッカーに「この人のために決めたい」と思わせる。そんな技量を超えた部分が勝負を左右すると柳本は考えるようになった。
2006/10/24, 日本経済新聞 夕刊 「女子バレー全日本監督柳本晶一氏(2)控えセッターの屈辱、指導者の礎」
----------------------------------------
メキシコオリンピックで銀メダル、ミュンヘンオリンピックで金メダルを取った世界一のセッター猫田は、給料の大半を外国のバレーボール専門書購入に費やしたという。
『――(前略)――勝つ事のみ考え、毎日激しい練習にたえております。時には、我々はなぜやらなければならないのか、とも思います。――(中略)――松平監督は「世界一になる」、しかし1位になれなくともその練習で養った精神力が大切とも言います。しかし、世界一、大変な事です。しかし、なったところで何になろう。精神力(今以上のもの)がどこに必要か、自分で考えてみて無駄な事とも思えます。しかし、男と生まれたからには、何か一生のうちで大きい仕事をしてみたい。それが今のバレーボールでしょう――(後略)――』
(1968年3月22日付・婚約時代の禮子夫人にあてた手紙より)
http://www.jti.co.jp/JTI/volleyball/men/nekoda/index.html
チームを勝たせるために、トスを上げ続ける。ただそれだけのことに、全身全霊を傾けた一生があった。享年39歳。
山中れいじ
私の小学校の校歌は、谷川俊太郎が作詞したものだ。
その歌詞は、今読んでも素晴らしいものだと思う。
------------------------------
なんだろう なぜだろう
みつめる まなぶ かんがえる
教室は果てない 宇宙の中にある
大きな 不思議が 不思議がいっぱいだ
教室は果てない 宇宙の中にある
(芝久保小学校校歌 1番)
------------------------
ところが最近谷川俊太郎の「すき」という子供用の詩集を買ったら、私の小学校の校歌が収録されていない。代わりに彼が作詞した他の小学校の校歌が収録されていた。
悔しいのだが、これがまた、いい歌詞なのだ。
--------------------------------
わたしが たねをまかなければ
はなは ひらかない
ぼくがあしをふみだすとき
みちは かぎりない
じぶんで かんがえ
じぶんで はじめる
幸小のわたしたち
わたしがあすを あきらめたら
あさは もうこない
ぼくがほしをみつめるとき
そらは かぎりない
あせらず こつこつ
ねばって やりぬく
幸小のわたしたち
ひとりが うたを うたいだすと
こえは こだまする
ひとりひとり てをつないで
ゆめは かぎりない
みんなで なかよく
ちからを あわせる
幸小のわたしたち
(谷川俊太郎詩集「すき」 理論社)
この詩を歌いながら育った子供たちが、うらやましい。きっと、この小学校、立川市立幸小学校は、多く起業家を輩出するに違いない。間違いない。
山中れいじ
感性豊かな子供に育ってほしいと願って、私は娘(5歳と3歳)が寝る時に、布団の中で詩を読んでやることが多い。
すると、子供たちは意外な詩に関心を示すのだ。これが面白い。
今までのところ、一番の大ヒットは、谷川俊太郎の「なんにもない」という詩だ。
----------------------------
なんにもない なんにもない
車もなければ家もない
ないないないないないないずくし
なんにもないから楽しいんだ
生きているのが好きなんだ
なんにもない なんにもない
着たきりすずめのすかんぴん
ないないないないないないずくし
なんにもないからこわくないんだ
いつでも旅に出られるんだ
なんにもない なんにもない
見栄もなければ嘘もない
ないないないないないないずくし
なんにもないから空があるんだ
今日という日が始まるんだ
(谷川俊太郎「なんにもない」)
-------------------------------
5歳の娘は、この詩を聞くといつも布団の中で、爆笑する。あげくの果てには、全文を暗記し、近所の友達にまで暗記させ、毎朝大声で「なんにもない!」と唱和しながら、幼稚園に通っている。人聞きの悪い話である。
この詩が彼女の人格形成にどういう影響を与えるかは「謎」だ。しかし将来何か、大きな挫折を味わった時に、この詩が彼女の心の支えになってくれれば、うれしい。
山中れいじ
クーリエ・ジャポンという雑誌をよく読んでいるのだが、そこにちょっと面白いインドネシアのガトラ誌の記事が収録されていた。簡単にまとめると、以下のような趣旨である。
あるクライアント企業が、コンサルタントにユニークな提案をしてきた。「我が社の営業マンの生産性を高めるように、新たな倫理規定を作って欲しい」
コンサルタントは熟考の末、日本の「武士道」をベースにした行動規範を提案した。
「義」---営業マンは常に公正に。決して顧客を騙さない
「勇」---思い切ってイニシアチブを取る。チャンスを活かして果断に行動する
「仁」---顧客に対して共感し、真心を持って接する
「礼」---顧客に対して、常に尊敬の念を持つ
「誠」---潔癖な心を持って、正直に生きる
「名誉」---常に会社の名誉を意識して行動し
「忠義」---商品やサービスに心底忠誠を尽くす
そして、インドネシアのガトラ誌によれば・・・
「クライアントがこれらの武士道の理念を、営業マンへの教育・研修に取り入れたところ、早速その効果は目に見えて表れたという。営業と言う仕事に対するプロ意識が"サムライ精神"に通じるものだと実感できたことで、営業マンたちの目にはある種の誇りすら感じられたそうだ。恐らくそれは、彼らがこれまで取り組んできた仕事が、高貴な倫理観に基づいたものだと証明されたからなのだろう。」
インドネシア人のコンサルタントが、日本の武士道を応用できるレベルまで学んでいたという事実には、頭が下がる。私達は、いや少なくとも私は、日本の武士道精神を深く学んでこなかったように思う。他国の価値観についても(例えばイスラム教の価値観について)、まだまだ不勉強である。
山中れいじ
ベンチャーキャピタリストは様々な方法で投資先企業の成長を支援する。その中でも最も典型的な経営支援が、リクルーティング、つまり経営人材の誘い込みと紹介だ。
私はマネジメントの経験が浅い分、せめて人材を採れるキャピタリスト、人を口説き落とせる投資家になりたいと思ってきた。
しかし、オシムをジェフ市原に引き抜いてきた、ジェフの前GM祖母井氏の話を日経新聞で読んで、自分の甘さを痛感した。
---------------------------
(以下、抜粋)
一九八五年、ケルンスポーツ大を卒業し、大阪体育大助手(後に助教授)となる祖母井は、九〇年にゼミの学生を連れて欧州へ研修旅行に出た。ベルデニックのつてでユーゴスラビア代表の合宿を視察。チームを率いていたオシムとここで出会うことになる。
13年後、ジェフ市原(現千葉)のGMに就いていた祖母井はチームをこの名将に託す。といっても口説き落とすには1カ月を要した。連日の電話攻勢。「この人に賭けているんだというオーラを出そうと思って、24時間オシムさんのことを考え続けた。音楽はユーゴの歌しか聴かなかった」。子供じみていると笑うなかれ。このユーモアに包まれた気合こそが交渉ごとの武器となる。
トルコで行われた欧州コーチ会議の晩さん会では、壇上に上がってトルコ音楽で踊り狂い、喝采を浴びている。「世界の指導者たちに何かアピールしなくてはと考えた結果、そんなことしか思い浮かばなかった」。会議に出席していた元チェコスロバキア代表監督のジョゼフ・ベングロシュを後に招へいできたのだから熱演のかいはあった?
ひとの胸にぐりぐりと入り込もうとする、ちょっと変な男に大物監督たちは気を許し、信頼を寄せる。祖母井は言う。「GMとして監督に信頼されるには? 毎日、話をすることです」。毎夜のように監督のもとに足を運び、食事をし、杯をかたむけ、話し込む。足を運べなければ電話で話す。共同作業でいいチームをつくっていきましょうという熱意を伝え続ける。
オシムが就任した二〇〇三年からの3年は毎年リーグ優勝を争い、〇五年にはナビスコ杯で初優勝。戦績を上げただけではない。オシムはチームと祖母井に大事な思想を授けている。「結果がすべてのプロの世界でオシムさんは人間らしさを大切にした。人を大事にするという思想がすべての練習のベースにある」
「駆ける魂」2007/01/31, 日本経済新聞 夕刊,
----------------------------------
才能や経験の足りないキャピタリストが投資先ベンチャーに大きな付加価値を提供しようと思ったら、並外れた情熱で人を巻き込む以外に方法はない。弱小ジェフを日本一にした祖母井氏のように。
山中礼二