元世界銀行副総裁の西水美恵子さんから、いただいたコメントを、ご紹介したい。(私の設定ミスで、ブログへのコメント書き込みができなかったとのことです)
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ただ食べるための仕事ではなく、人間として生きる(生き甲斐の「生きる」)ための仕事に誇りをもって専念する人。。。だと感じます。給料などない主婦業でも、プロフェッショナルとして自分を磨きながら生き生きとしている婦人たちも、その中に入ると思います。
西水
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西水さん、ありがとうございました!
先日、ヘルスケアの勉強会で、私の尊敬する友人-訪問医療を展開する医師・起業家-が「営利企業と非営利組織」について講演をしてくれた。彼の提示した結論は、
「営利・非営利は紙一重だ。自分にとって目指すべきものは、『非営利性』ではなく、プロフェッショナリズムだ」というもの。これには、深く考えさせられるものがあった。
プロフェッショナルとは、どういうことだろう。
よくNHKの「プロフェッショナル」から、このブログに引用しているのだが、私には「プロフェッショナル」の定義がよくわからない。NHKの「プロフェッショナル」でも、人によって「プロフェッショナルとは」の定義がバラバラだ。
例えば、漫画家の浦沢直樹氏は・・・
「締め切りがあること。そしてその締め切りまでに、最善を尽くす人のことじゃないかしら」
脳外科医の上山博康氏は・・・
「過去から通したいきざまで、自分を好きでいられるいきざまを貫くこと」
などなど、定義がバラバラだ。
皆さんの「プロフェッショナル」の定義は、何ですか?
でる単式に言えば、「プロフェッション」とは職業だろう。だから「プロフェッショナリズム」とは、強い職業意識のことを指すと思う。換言すれば、カネをもらう対価として自身が提供する価値のレベルについて、強い規範意識・倫理意識を持っている人が、真の「プロフェッショナル」なのだと思う。
手塚修虫の「ブラック・ジャック」は、その極端な例だと思う。かつてはオリンピックの精神だった、ギリシア以来の「アマチュアリズム」(=カネの追求を汚いものとする考え方)に対する、強烈なアンチテーゼ。
真のプロフェッショナルは、自分が提供する価値を、厳しく律する。自分が持つ内的な規範意識に基づいて、妥協することなく価値を高め続ける。
そして、価値を提供できるように自分を高めることについても、真のプロフェッショナルは妥協することがない。イチロー、松井、サッカーのカズに見られるような自己鍛錬は、プロフェッショナリズムそのものだ。
真のプロフェッショナルを目指して。私達の旅は続く。
山中れいじ
ラゾーナ川崎の映画館で、「硫黄島からの手紙」を見た。
二宮君の演技が素晴らしく、涙を誘うものがあった。
硫黄島で亡くなった日本人兵一人一人が、家族を持ち、やるせない気持ちを抱え、万感の思いを胸に死んでいったという事実---これは世界の人たちに、ぜひ知ってもらいたいと思った。
以前、ピッツバーグの老人ホームで働いていた時に、このホームのCEOと硫黄島について語り合ったことがある。このCEOは、「島を守りきれないとわかっていながら、ただ一人でも多くの米兵を殺すために戦闘を長引かせるとは、クレイジーだ」と言っていた。
いや、クレイジーなのとは、違うんだよと、言いたかったがうまく説明できなかった。今回、歴史的背景と日本人の心情を、クリント・イーストウッドが明らかにしてくれたのが、うれしい。
以前もこのブログで触れたことがあったのだが、ピッツバーグでの老人ホームでは、硫黄島を戦った元海兵隊員の二人と、交歓することができた。二人にとって、硫黄島は海兵隊の勇敢さと、アメリカ人のヒロイズムの象徴だった。部屋には、硫黄島戦勝記念グッズが多く飾ってあった。
その二人とも、今はこの世を去った。多くの日本人と、多くの米国人にとって、万感の思いが交錯する小さな島。この「思い」が過去のものとなってしまう前に、二本の映画としてフィルムに刻まれたという事実が、ただただうれしい。
山中れいじ
NHKの「プロフェッショナル」を見ながら、これを打っている。今日の主人公は、ドイツでオペラの指揮を任されていた、大野和士氏。しかしオーケストラがまるまる全員、労働争議のストライキに入ってしまう。これではオペラを開催することすら、おぼつかないという状況。
しかし大野氏は、そこからオーケストラ用の楽譜を書き換え書き換え、3台のピアノ用に編曲し、オペラを見事成功に導く。これによって、大野氏の名声はヨーロッパ中にとどろいたという。
全責任を負い、リスクを取ってリーダーシップを発揮した大野氏。修羅場が稀代のリーダーを作り上げた瞬間を、見せてもらった。
ありがとうNHK。今年も受信料、ちゃんと払います。
山中れいじ
海外出張の行きの飛行機の中で、映画の「フラガール」を見た。以前子供を連れて、スパリゾートハワイアンに行ったことがあったため、その創業期のストーリーには関心があった。
しかしまさか、南海キャンディーズのしずちゃんの演技に、自分が涙するとは、思ってもいなかった。
世界各国の人々には、それぞれ異なった美意識や道徳意識が存在する。「フラガール」の中では、どんなに苦しい時にも、笑顔を失わないという、ALOHA的な精神が主題となっていたように思う。
ALOHAとは、なんとまあ美しい言葉だろう。
「Aloha」とは、5つの優しい意味を持つ単語の頭文字を合わせた言葉です。AKAHAI (やさしさと思いやり)、 LOKAHI (調和と融合)、OLU'OLU (喜びをもって柔和に)、HA'A HA'A (ひたすら謙虚で)、AHONUI (忍耐と我慢)。こうした精神がひとつとなり、ハワイの風土として人々に浸透していきました。(http://www.skygate.co.jp/goods/hilton/index.html)
以前、ビジネススクールのクラスメートだったハワイアンは、まさにこの精神を体現したような存在だった。発言回数の少なかった彼女は、2年間で卒業することはできなかったが、笑顔をもって静かに事実を受け止め、プラス半年の学習で見事MBAを取得し、卒業した。
今、彼女は、どうしているだろう。同窓会で再会したら、ALOHA!と声をかけたい。
山中れいじ
グロービス代表の堀義人に同行して、米ビジネススクールを回っている。堀は起業家としての行き方を奨励しているが、 ビジネススクールの学生には、ためらいを感じる人も多い。
そんな中で堀が、自分が何でも可能にできるという「大いなる勘違い」をせよ、と言ったのが面白かった。この「勘違い」がないと、起業に踏み切ることができないとのこと。
自分の可能性は無限であり、自分は企業経営者として十分な力を備えている・・・。これは、短期的には「勘違い」かもしれないが、この「勘違い」をできた人だけが、試行錯誤の中から本当のプロフェッショナルな経営者に育っていく。だから、「大いなる」勘違いなのだ。
今回各地のビジネススクールを回っていて、「起業したい」と明言した方に、多く出会うことができた。ぜひ大望と「大いなる勘違い」をもって、前に進んで欲しい。
山中れいじ
リクルーティングのためにボストンを訪れ、HBSやMIT Sloan Schoolの方々にお目にかかっています。3.5年ぶりに訪問したHBSのキャンパス。感動するかと思いきや、久しぶりに訪問した感想は「ふつう」でした。
キャンパスに立った瞬間に、意識が学生時代にトリップし、HBSのキャンパスが何の違和感も感動もなく、目から自分の胸の中に入ってきました。「3年半、いったい自分はどこの世界にトリップしてしまったのだろう???」的な不思議な感覚に囚われました。
HBSのの1年生に、面白い話を聞きました。授業の冒頭に、いきなり一人の学生を指名して、発言させる(Cold Call)は、HBSの教授の常套手段です。それが最近では、「冒頭」に加えて「最後」にCold Callをする、"Closing Cold Call"をする教授がいるとのこと。
当てられた学生は、授業で議論してきたケース(経営・意思決定の具体的事例)について、以下の3点を答えなければなりません。
1)自分が「重要」と思った3つの論点と、その各々に関する自分の見解
2)二つのTakeaway (自分が学んだこと)
3)一つの、Lingering Leadership Question
"lingering"とは、「残存する」との意味で、「CEOが、引き続き問い続けていかなければならない問いは、何か」という意味。
最後に当てられる可能性があるため、授業中の思考停止が許されないシクミ。なんとまあ、厳しいことか・・・。
山中れいじ