とある私的な勉強会で、ディベートをやりました。まず私と、主催者(木田さん)の二人で、模擬ディベートをやって、その後参加者の方々にディベートをやっていただきました。
木田さんを相手に模擬ディベートをやったのは二回目ですが、参加者の皆さんに挙手してもらったところ、木田さんの圧倒的勝利に!自分が、"Audience Style"のディベーターとして、まだまだ未熟だということを痛感しました。
私が長年やってきたディベートは、訓練されたディベーターが、審判として勝敗を判定します。しかし現実の世の中では、そんなことはほとんどありません。様々な先入観や感情的な主観を持った一般聴衆の相手に説得しなければならないことの方が、多いと思います。
自分が、Audienceの微妙な表情の動きや、感情の動きを全く読めていなかったという点には、大いに反省させられました。木田さんもブログで書いていましたが、ディベートは非常に奥が深く、12-14年ほど経験を積んだ自分でも、まだまだ初歩の入口に立ったばかりという気がします。
やまなか
最近サッカーの話以外はブログに書いていない気がして、お恥ずかしいです。
最新号の「Number」誌で、「ドイツ大会に見る戦術的傾向」という記事が興味深い。何が勝敗を分けたのか、3人のサッカー専門家がコメントしている。
(以下、引用)
「(元ベルギー代表キャプテンのマルク・ウィルモッツ氏曰く)規律とシステムは、かなり決定的な要因になっていたと思う」
世界で最も経験豊富な監督、ユベントス、アズーリの元スタープレーヤー、そして最近まで現役だった将来の監督候補。年齢も立場も違う3人は、当然三者三様の意見を持っている。しかし、申し合わせたように一致していたのが「規律と集団プレー」という言葉だった。
彼らのいう規律とは、「ディシプリン」と呼ばれるものだ。サッカーの現場ではかなり一般的になっている言葉である。誤解されがちなのは、ディシプリン=戦術という解釈で、サッカーにおける戦術的規律(タクティカル・ディシプリン)とは、戦術そのものではなく、戦術を守ろうとする意識を指す。
例えば、守備のときのポジショニングがチームとして決まっていても、それが正しく実行されなければ守備組織に穴が開いてしまう。つまり、戦術はディシプリンとセットでなければ意味がない。
(Number7月27日号「ドイツ大会に見る戦術的傾向。」)
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これを読んで唐突に思い出したのが、以前英会話スクールGabaの須原取締役(COO)にインタビューをした際のことである。競争の厳しい英会話学校の市場の中で、Gabaはマンツーマンの高級路線を強く打ち出すことで、差別化された地位を確保している。
しかし須原氏の話によれば、戦略を立てこと以上に難しいのは、立てた戦略を社内の全ての活動に落とし込んでいくこと・・・だという。全ての対外的コミュニケーション、そしてあらゆる社内のコミュニケーションが、この戦略から逸脱していないか、チェックし続けることが重要で、かつ難しいことだと教えていただいた。
戦略を立てること以上に、立てた戦略をとことん守り、戦略的ゴールを追及することが難しい。これが勝利のカギを握っている。今回のW杯はそれを教えてくれたように思う。
山中
ユリウス・カエサルは、多くの部下を前にして、絶妙のタイミングで、歴史に残る美しい名文句を吐いた歴史人物である。「賽は投げられた」は、その典型例である。言葉の持つ霊妙な力が、歴史を超えて伝わってくる。
現代には、それに匹敵する人物はなかなかいない。しかし唯一、カエサル級だと私が思うのは、サッカーフランス代表のジダンである。
ベスト16でスペインを破った時に、フランスの記者団の前で語ったコメントは、有名になった。
「スペイン人には申し訳ないが、この試合を最後に引退するつもりはなかった。冒険はまだ続く。」
ベスト8でブラジルを破った時には、慎重なジダンがはじめて、強気なコメントを聞かせてくれた。
「あとは優勝トロフィーを目指すだけだ。こうなった以上、止まるつもりはない。」
この試合で破れ、打ちひしがれていたブラジルのノビーニョ。そこに声をかけたのは、レアル・マドリードの同僚ジダンだった。
「大丈夫。君には勝利がたくさん待っている。勝つべきW杯が先で待っている。」
そして決勝戦。Tシャツをつかんだマテラッツィに、怒ったジダンは言った。「シャツが欲しければ、後でやる」結果的には頭突きに至ったわけだが、喧嘩を売る一言としては、極めて洗練されていると思う。
あすか会議で、冨山さんのお話を伺い、強い印象を受けた。
<以下、講演中の走り書きより抜粋>
・経営の冷徹な合理性:決して変わらないし、決して曲げてはならない。そこに「情」が混ざるが、冷徹な判断を曲げてはならない。
・その中で、情理と合理がぶつかる。これを乗り越えることが、経営である。うちの41案件、経営のキモは全て、ここにある。
・ダメな経営者は、どちらかに重心を置いて、どちらかから逃げる。成功する経営者は、そこから逃げず、ストレスに耐える。渋沢英一も、「片手にそろばん、片手に論語」と答えている。
・これを乗り越えるものは、哲学であり、人間性である。
・経営者:その人がやったことによって、社員の家族の人生を壊してしまいかねない仕事。そのような、重いバランスシートをしょっている。その重さを認識しているかどうかが重要。これを鍛錬する決定的な方法はない。この重さを自覚しながら、辛い思いを積み重ねる以外に、方法はない。
<以上、走り書き終わり>
以前から、プロフェッショナル・ファシリテーターの田村洋一さんが、ブログの中で「矛盾から逃げずに、矛盾を昇華させる」ことの重要性を、指摘していらっしゃったことを、思い出した。
(http://blog.livedoor.jp/facilitators/archives/50306016.html)
矛盾をあきらめず、トレードオフから逃げないベンチャーキャピタリストを目指したいと思う。
グロービスの受講生の方々が主催して下さっている「あすか会議」に参加した。公文教育研究会の梅田真氏(グループ人事室室長)のお話を伺って感銘を受けた。
公文のビジョンとは、シンプルに「教育を通じての世界平和」だという。
現在、世界45カ国に公文の教室はオープンされている。彼らの「2014年ビジョン」では、2014年までに、全国連加盟国で教室をオープンし、子供の教育を確立することで社会を安定させ、世界平和に寄与することが目標だという。
久々に、すごいビジョンを聞いた。さすがは、世界に進出している日本のサービス業の代表選手である。
山中礼二@子供の頃12年間、公文をやっていました。
「リーダーの易経」(竹村 亞希子)という本の面白さに、はまっている。
「易経」は不思議な本だ。そもそも、
・中国最古の古典で
・儒教のテキストである「四書五経」の筆頭にあげられる儒教の経典であり
・単純に占いのテキストという解釈をされることもあり
・「亢龍悔いあり」「窮まれば変ず。変ずれば通ず。」など、多くの名言の出典
である。もとアマゾンのカリスマバイヤー土井さんのブログで、この本が明快に紹介されている。
「易経」の「易」は変化を意味する感じで、易経を英訳すると"Book of Change"となる。この書は、刻々と変化する状況に合わせて、いかにタイミングを捉えて適切な行動を取るべきかを語っている。単に「処世術」とジャンル分けするには、あまりに深い内容だと思う。
ベンチャー企業のマネジメントに対しても、含意するところが大きい。特に、龍が飛躍し、没落するまでのプロセスと勘所を説明した「乾為天」は、まるでベンチャー企業の発展段階別の成長の痛みを解説した、「MBAベンチャーマネジメント」に通じるところがある。