必死の覚悟とは

2006年01月28日


「これ(刀)を持ち帰って自分の墓に埋めてくれ。本日をもって平田靱負の命日とする。」

NHK「そのとき歴史が動いた」で紹介されていたエピソードをご紹介したい。

天下太平の江戸中期、徳川幕府と薩摩藩の間に知られざる戦いがあった。宝暦4(1754)年正月、突如薩摩に下された濃尾平野の大治水工事命令。薩摩藩士たちの多くが幕府への抗議を主張する中、薩摩藩家老・平田靱負(ひらた・ゆきえ)はあえてこの難事業を引き受ける。現場に赴いた藩士たちを待っていたのは過酷な労働環境、そして横暴な幕府の監督官たち。病気や事故、幕府に対する抗議の切腹で、80名以上の薩摩藩士たちが犠牲になる。
(NHK「その時歴史が動いた」Websiteより抜粋)

多くの部下を犠牲にし、薩摩藩に多額の借財を背負わせながら、何度も工事に失敗した薩摩藩家老の平田靱負。彼は深く自分の責任を痛感し、自分の命をかけて治水工事をやり遂げることを決意した。

美濃を訪れた薩摩藩家臣に、自分の刀を渡して、彼が言った言葉が、冒頭の言葉。凄まじい覚悟を感じさせる。

彼は一年半にわたる苦闘のすえ、ついに治水工事を完成させ、全ての家臣を薩摩に送り返した後、一人責任を取って切腹した。1755年5月22日のこと。

命を賭けるほどの、凄まじいリーダーシップ。そのお蔭で、濃尾平野に住む人々は水害の恐れから解放され、今日に至っている。

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